教科書⑤

悪化因子について

 「この子のアトピー性皮膚炎の原因は何でしょうか?」と両親にきかれることがしばしばあります.この質問がでてきているということは,まだアトピー性皮膚炎のことを理解できていないということになります.こういった患者さんや両親に理解していただくために大切なことは,「原因と誘因(=悪化因子)を分けて考える」ということです.今までお話してきたように,原因は遺伝子であり,皮膚のバリア機能であり,長年の内戦からくる,皮膚の免疫異常であることはお分かりかと思います.「これを食べると,犬に触ると,スギ花粉がつくと私は皮膚炎が悪くなる」と経験されている人は多いと思いますが,これを原因ではなく,誘因,悪化因子だと区別すると理解がしやすくなります.そう理解することで何よりも,前向きに対策することができるようになります.さらにこれには,アレルギー性と非アレルギー性があり,アレルギー性の代表としてはダニ,ハウスダストなどで,人によって反応する場合としない場合があり,血液検査で評価のできるものです.非アレルギー性の代表は,ストレス,汗,化繊などの繊維で,皮膚の防御力以上の刺激が入ったときに必ず皮膚炎が生じるというものをいいます.例えばアルカリ性の洗剤が長時間皮膚に付着していれば,皮膚がもともと強い人でも皮膚炎が生じます.

プロアクティブ療法を理解する

 誘因,悪化因子に曝露されると皮膚炎は悪化します.これは人によって違うため,例えば春という季節が悪化因子の場合は,春に一度だけ皮膚炎が悪くなりますし,汗が悪化因子である場合は,初夏から夏に皮膚炎が悪化します.冬は湿度が下がり乾燥しやすくなりますので,全体的に乾燥し皮膚炎が悪化しやすい季節で,秋はそういった悪化因子が少なく,比較的状態が安定します.このように悪化因子により年に数回皮膚炎が悪化することを「フレア」と呼び,アトピー性皮膚炎であれば,必ず経験します.

 このフレアは人によってある程度予測が可能なのですが,患者の多くはフレアを経験するたびに,「いつまでたっても治らない治らない.」と感じるわけです.外用剤を塗布していても,フレアは生じてきますので,「薬を塗っても治らない」と考えるようになるのです.しかしながら,フレアが生じる状況がわかっているのであれば,その前に対策をしていくことが大切なのです.例えば,春先に悪くなるのであれば,薬を十分準備しておき,少し悪くなったところでしっかりと外用して抑え込んでしまうとか,汗が悪化因子であるならば,タオルや制汗剤で汗を抑えていく,シャワーを浴びる,着替えをこまめにするなど方法があるはずです.まずは,このようなフレアが生じることが自然だと認識することが第一歩です.

 そして,環境を整えることで悪化因子の曝露を避けることが次に大切です.これを理解すると,フレアを外用剤の塗布方法で予防してしまおうという「プロアクティブ療法」を理解できるようになります.「プロ」は,「前に」という意味で,アクティブになる前に手を打っておこうという意味です.それに対して,リアクティブ療法は,アクティブになってから対応するという意味で,今みなさんが実施している治療です.具体的には,まず,生じてしまっている皮膚炎にステロイド外用薬を十分量使用して,しっかりと皮膚炎を抑えていきます.プロトピック軟膏(タクロリムス:免疫抑制剤)を使用する場合は,ステロイド外用薬に重ねて塗布し始め,赤み,痒みが治まった段階で,プロトピック軟膏のみに切り替え,さらに間隔をあけて塗布し続けていくという方法です.重ね塗りをすることで,プロトピック軟膏で生じるひりひり感を抑える効果もあります.ステロイド外用薬のみの場合は,炎症が鎮静化してからもしばらく塗布していき,徐々に間隔をあけていくという方法です.数ヶ月程時間はかかりますが,定期的にしっかり実施できる患者さんは,かなり高い確率でフレアが生じにくくなり,皮膚炎が悪化しないと,徐々に苔癬化が改善し,皮膚の色素沈着も薄らいで,きれいになっていきます.プロトピック軟膏を長期にくろずんだところに塗布していくときれいになる理由は,炎症の繰り返しを抑えていることで,その後の色素沈着を生じないようにしているからなのです.

アレルギーを発症させない育て方?

 アトピー性皮膚炎の皮膚が他の人の皮膚と違うところは,①皮膚バリア機能異常と,②皮膚の免疫異常反応でした.近年①が赤ちゃんのころからあることで,バリア機能の低下した場所から食物などの抗原が入り込み,アレルギーとして感作されてしまう「経皮感作」がアレルギー発症に大きく影響すると考えられるようになってきました.このため,アレルギーが発症し,症状が重症化しないようにするためには,乳幼児期にいかに経皮感作を防ぐかが鍵になります.具体的な方法としては,生じてしまっている体中の湿疹は可能な限り早めに治しておくこと,さらに湿疹が治ってもスキンケアをしっかりしてバリア機能を保つことが大切です.近年,赤ちゃんのバリア機能を調べ,弱かった子を対象にスキンケアを徹底指導し経皮感作を防いでいくことで,アレルギーの発症を予防しようという試みがなされています.口のまわりはどうしてもよだれや食べこぼしで皮膚炎が生じやすいので,アレルギー素因のある子は特に,まめに拭いたりするケアが大切になってきます.また,体を洗うソープには食物由来の成分が入っているもの,例えばはちみつなど,いかにも食品なので安心と考えがちですが,経皮感作の重要性がいわれるようになった近年では,できれば避けてあげた方が無難だと思います.以前,茶のしずく石けんという,小麦を細かく加水分解した成分入りの石けんを成人女性が使用していたところ,小麦アレルギーが発症し,パンやパスタなどの小麦製品を食べたのちに重症のアレルギー症状が生じ,社会問題になりました.あえて食品含有のスキンケア商品を選ぶ必要はありませんね.

経皮感作と経口免疫寛容

 ここで少し免疫について触れたいと思います.免疫とは「体内に異物が侵入してもそれに抵抗して打ち勝つ能力」をいいます.つまり,人体にとって不都合なものが侵入してきた際に,適切に排除するシステムのことで,アレルギーとは,その免疫の不適切な過剰反応のことをいいます.例えば,敵でも害にもならない花粉に対して,くしゃみ,鼻水で体外に排出しようとする反応が花粉症であり,反応しなくてもよいダニ,ホコリに対してかゆみを生じ皮膚炎を生じるのもアレルギーです.

 最近の研究では,乳幼児期に皮膚から侵入したものは敵で,これを「感作(かんさ)」といいます.それに対し,口の中,つまり腸管から侵入したものは味方だと認識することがわかってきており,これを「免疫寛容の獲得」といいます.2才頃まで身の回りのものを口の中になんでもかんでも入れる行動は,免疫学的にはもしかすると,敵ではないので反応しなくてもいいよということを覚えさせているのかもしれません.そうすると,現代,乳幼児期にきれいすぎる環境で育ってしまい,将来アレルギーが生じやすくなるということがあるかもしれません.実際,近年ではアレルギーの患者数が増えているのですが,これが一つの理由となるのかもしれません.家畜を一緒に乳幼児から暮らしている村では,アレルギー患者がほとんどいないという報告もあり,これらからは,幼児期のスキンケアと,適切な環境で育つということが,将来のアレルギー発症にかかわっていると考えられるのです.そう考えると,離乳食は,抗原性の少ない食べ物から徐々に腸管を使って,今入ってきたものは敵ではなく味方であるから反応しなくてもいいよと訓練していると考えられるかもしれません.離乳食も重症のアナフィラキシーというアレルギーが生じないかぎりは,多少のアレルギー症状が生じても少量ずつ食べさせるという考え方は筋が通っているように思えます.イギリスでのアレルギーの研究で,ピーナッツの摂取制限が,逆にピーナッツアレルギーの患者を増やしてしまったという報告があり,経口摂取の免疫寛容獲得の考え方を支えています.よく,赤ちゃんの頃に動物園につれていきなさいと言い伝えられていますが,これも,乳幼児の間に様々な環境に触れさせることで,アレルギーを起こさないように,体に覚えさせようとしているのかもしれません.

大切なことは,『生まれ持った自分の皮膚に向き合うこと』

  2018年4月23日に「デュピクセント」というアトピー性皮膚炎に対する注射薬が登場しました.これはIL-4,13(インターロイキン)という物質を中和し,皮膚炎の反応を改善させる薬剤で,ステロイドのような副作用がないにもかかわらず,強力な皮膚炎改善効果があります.多くの人が投与1回目で痒みに対して効果を実感し,2ヶ月程度で皮膚炎がほとんどなくなってしまいます.これまで,外用剤と抗アレルギー薬の内服しかなかったアトピー性皮膚炎治療の歴史を大きく変える画期的な薬剤が登場したと言えます.費用が非常に高額であること,頭痛、結膜炎症状が生じてくることがありますが,それ以外のデメリットはあまりなく,人生が変わってしまうくらい症状が改善する場合もあります.

 最後に忘れてはいけない大切なことを記します.今後も新薬の効果に大きな期待が寄せられていますが,今のところどの薬も根治を期待することはできないということです.つまり,治療しているときには,もちろん症状は抑えられるのですが,中止すると,期間はさまざまですが,いつか必ず再燃してくるということです.自分の皮膚について理解することなく,症状をただ,消しゴムで消すように治療してしまうと,再発した時にまた元通りになり,やはり治らないのだと感じてしまうことになります.例えば,糖尿病の患者が,大量のインスリンを使って血糖値を下げながら甘いものを食べ続けてもよいということはありませんね.

 治療の選択肢が増えたこのチャンスにもう一度,自分の皮膚と向き合い,一時的には注射などの治療が必要になるとしても,生まれ持ってしまった自分の皮膚に向き合っていくこと,また,それを,自分だけではなく,子供や孫に引き継がれてしまったときには,そのつきあい方と乗り越え方をともに学び受け継いでいくことが,何よりも大切だと思います.自分,家族がアトピー性皮膚炎で,やりたいことができなかったり,力を発揮できなかったり,皮膚のことで嫌な思いをしたりすることが,少しでも少なくなるように,今,自分が皮膚と正面から向き合うことが大きな意味を持ちます.

 自分自身も生まれた時からアトピー性皮膚炎です.もちろん今でもフレアも起こりますし,薬もしっかり使っています.嫌な思い出も数知れず,自分の人格形成にアトピー性皮膚炎が大きく影響していると思います.ほかの人に比べればとても手のかかる困った皮膚ですが,この皮膚も自分の体の大切な一部であり,これがあったからこそ,こうやって同じ思いで苦しんでいる人の気持ちが手に取るようにわかりますし,皮膚炎で困っている人をなんとかしたいと思う気持ちが備わったのだと思います.今では,処方する薬のほとんどを自分の皮膚でためすことができますし,症状を実際に見せて説明するのにもとても便利です.

 逃げていてもしょうがない,自分の皮膚が弱いことを「受け入れて,次の一歩を踏み出す」こと,これが最後に伝えたい,忘れてはいけない大切なことです.

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