アトピー性皮膚炎の教科書①~⑤

ノンフィクション
アトピー性皮膚炎の教科書

 患者さんに「アトピーを勉強するための,おすすめの本はありますか?」という質問に答えられないことが多かったため,自分で「アトピー性皮膚炎の教科書」を作ってみました。細かいご指摘はあるかと思いますが,まずは一つのストーリーとしてお読みいただけたら幸いです.

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アトピー性皮膚炎の教科書

教科書のタイトルは「負けるな!あきらめるな!アトピー性皮膚炎の皮膚に生まれた人たちへ」です.

遺伝子のお話

 いきなり難しいお話から入ってしまいますが,少しご容赦ください.

 人間は約70兆個の細胞からできていて,ひとつひとつの細胞の中に遺伝子が入っています.何かを作るときに箱に入っている説明書や設計図のように,パーツごとの作り方が,遺伝子の中に書いてあるのです.もちろん皮膚の作り方も遺伝子にかかれていて,その皮膚に関連するページに書き間違いがあると,それを基に作られる皮膚には異常が生じてしまうのです.

遺伝子変異があるとどうしてアトピー性皮膚炎が発症するのか

 皮膚が強い人と,皮膚が弱い人の遺伝子を比べると,現在20~30種類の「遺伝子変異」といって,遺伝子の違いが見つかっています.皮膚の作り方のところや,アレルギーに関わるところが多いようですが,これから解析がすすんでいきます.

 その中でも,『フィラグリン』遺伝子という遺伝子に注目が集まっています.では,この遺伝子に書き間違いがあると,どうなるのかを考えてみましょう.

 ひとのからだでは,遺伝子の設計図情報を基にからだの部品となるたんぱく質が作られそれがつなぎ合わされることで臓器ができています.フィラグリン遺伝子を基に作られるフィラグリンタンパクは,皮膚の一番固い角質の成分であるケラチン線維をくっつける作用があります.つまり,角質と角質をくっつける接着剤の役割をしているのです.

 さて,その接着剤の力が弱いと,何が起こるのでしょうか.

フィラグリン遺伝子変異があるとどうしてアトピー性皮膚炎が発症するのか

 異常のない皮膚では,様々な刺激をはね返す力があり,これを『皮膚バリア機能』といいます.しかし,角質と角質の接着剤の力が弱いと,例えば,汗やヨダレなどの①刺激が簡単に皮膚の中に入り込んでしまいます.これが一つ目の異常です.入る方が簡単であれば,出る方も簡単で,皮膚の中にため込んでおかないといけない水分がどんどん外に出て行ってしまいます.それにより乾燥肌『ドライスキン』になります.

 異常のない皮膚では,何か人にとって有害なものが皮膚につくと,それを排除しようとする反応が起こり,これを『かぶれ(接触皮膚炎)』と呼びます.アトピー性皮膚炎の人は生まれたときから,様々な部位でこの接触皮膚炎が生じます.さてそれが赤ちゃんの頃からずっと刺激が入り続けると,どうなるでしょう.

 例えば,異常のない皮膚が平和な日本,アトピー性皮膚炎の皮膚が中東の内戦地域と考えるとわかりやすいかもしれません.長い間攻撃をうけている内戦地域は,前線に兵隊が常駐し,攻撃されたらすぐに反撃できるように配備されています.平和な日本ではほとんど攻撃を受けないので,兵隊を配置する必要がありません.小さな刺激で,前線の兵隊は反撃を開始し,また,それがなかなか収まりません.これが,ちょっとした刺激で皮膚炎が生じ,赤くなり痒くなり,薬を塗らないとなかなか沈静化しない理由です.これを②皮膚免疫過剰反応といったりアレルギー炎症といったりします.これが二つ目の異常です.

 そして止まない攻撃に対して,いち早く敵の侵入を察知するため,前線にレーダーを設置したくなるのは当然でしょう.正常の皮膚では真皮と表皮の境界部のあたりまでしかない神経の終末は,慢性の皮膚炎の部位では表皮の中まで延長していることが分かっています.これにより,より敏感に刺激をひろってしまうことになり, アトピー性皮膚炎の三つ目の異常③アロネーシス(痒覚過敏)と呼ばれるものです.

 加えて,抗菌ペプチドが少ないため,正常ではほとんど検出されない黄色ブドウ球菌が多く,細菌叢(バランス)の悪化が病態にかかわっているといわれています.

時期によって湿疹反応が出やすい場所があるのは,その時期に,物理的に刺激を受けやすい場所だから

 湿疹が生じやすい部位は,成長とともに変化していくことは,一般の人でもよく知られています.乳幼児では口の周りやおむつの中,幼小児では耳切れ,肘,手など,大人では,前額部,頸部などに湿疹反応が生じやすいのです.

  よくある誤解としては,湿疹が生じている皮膚に原因・問題があり,それ以外の皮膚は正常であると思いがちですが,それでは本質が見えてきません.シンプルに考えてください.生まれてから大人になるまで,頭の先から足の先までの皮膚が弱いわけです.その年代,その環境において,皮膚の防御力より強い刺激が反復される部位に,ただただ湿疹(接触皮膚炎)が生じているだけなのです.このことを理解することは,悪化因子を同定すること,治療,予防,何よりも心のストレスを軽減させるためにも大切なことです.

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