塗る量の目安

「スキンケア」とよく耳慣れた言葉を使いますが,その第一歩目が塗り方,塗る量だと思います.一般的に,薄くこすりつけるようにと,以前の古い外用方法をされている方も多く,それを改善するだけで,同じ薬を使っているのに効果が違うこともしばしば経験します.薬も保湿剤も『擦り込んではいけません』.
図にあるように,擦り込んでしまっては効かせないといけない部位に薬が残らず,さらに摩擦は湿疹の悪化につながります.薬や保湿剤は,力で物理的に肌に入れ込むのではなく,濃度勾配による浸透により,30分から1時間かけて,皮膚の細胞間,汗腺,毛穴から入り込むのです.擦り込むという行為は,浸透に時間がかかる外用剤を,塗ったそばから拭っていることになっているのです.
塗り方の目安として,1FTU(フィンガーチップユニット)という考え方がありますのでご紹介します.人差し指の第一関節までチューブから薬を伸ばすと,約0.3-0.5gとなります.これは,両手広げた2枚分塗る量にあたりますので,それを参考に塗布していきます.注意が必要なのは,薬を乗せた指で直接病変に塗り始めると,濃くぬれるところと薄くなってしまうところができるので,まず,塗る範囲をきめて薬を分配しておいて,掌で優しく塗り広げるとよいでしょう.塗ったところがぴかぴか光るくらいと覚えてください.『適当に』塗るのがちょうどよいのです.また,顔や,病変部が小さいときは,是非『薬指』を使ってください.元来薬をぬるのにちょうどよい指として薬師如来もそうやっていますね.それくらいの圧力で塗布すると上級者です.
からだの洗い方

続いて,体の洗い方も大切です.石けんやボディソープは積極的に使います.肉をお皿にのせた後,水洗いだけで次の日もそのお皿を使いますか?皮膚の汚れもタンパク,油汚れで,肉の汚れと一緒です.水だけでは限界があり,また,汚れはこびりついているとそれが痒みを悪化させることは医学的にも確認されていますし,数日風呂に入れないときの体の痒みは経験済みですよね.
さて,洗い方は洗顔と同じです.泡で出るボディソープが最も手っ取り早く,子供の体を洗うときは必需品です.石けんタイプを泡立てネットで泡立てて使用しても構いません.その時に,団塊の世代のお父さん大好きナイロンタオルというものは,皮膚が弱い人は避けていただいた方がよいです.使うとしても優しく.ごしごしするとその時は気持ちがよいのですが,その後40度以上の熱い風呂に入ると痒みが止まらなくなり,布団に入ったときにはさらに痒みがとまらなくなり,出血をするまで掻き壊してしまいます.アトピー性皮膚炎の皮膚ではアーテミンという物質により,温もると痒みが強くなります.搔破によって生じる快感に報酬系と呼ばれる脳部位(中脳や線条体)が関係するということもわかっています.搔破による快感がなくなる治療がもし発明されれば,有効な治療になるのではないかとも思いますが,すでに使われているデュピクセントなどの注射やサイバインコなどの内服薬でも,快感がなくなるという効果があります.
ステロイドは怖い?
さて,ステロイド外用剤の話を始めます.誰に聞いても,さらには医療従事者に聞いても,『ステロイドは怖い』と答えます.では,なぜ怖いと思うのでしょう.それは副作用があるからですね.効果だけあって,副作用がなく,一度使えば湿疹がでなくなり,病院で薬をもらわなくてよくなる.ステロイド外用剤がそのような性質をもっていれば,誰も怖いと感じないと思います.
では,具体的にどんな副作用があるか言えますか?いくつあるか言えますか?そしてもし起こってしまったら,それが治るものか治らないものか知っていますか?
人間は,正体のわからないものに恐怖を覚えます.家でお留守番しているとき,物音がして恐怖を覚え,見ると置いてあったものが落ちていて,なーんだこれかと安心したり,おばけが家族だとわかっていれば,それさえも怖くなくなりますよね.何らかの副作用が起こるかもしれないと漠然と恐怖を感じたままでは,自分の顔,さらには自分の子供の顔に塗るには,やはり抵抗があります.もちろん,絶対何も起こらないとはいいません.もし副作用のない,ステロイド外用剤と同等の効果のある外用剤が発売されたら,ステロイド外用剤は使われなくなるでしょう.でも,現在はその力をどうしても借りなくてはいけないことが多いため,その特性を理解し,どこに注意していくかを前もって知っておくことは,大切なことだと思います.

①ステロイド外用剤を一度使用するとやめられなくなる.②ステロイド外用剤を中止すると,リバウンドが起こる.③ステロイド外用剤を使用すると,骨がボロボロになる.④ステロイド外用剤を使用すると,ニキビ,おできなどができやすくなる.⑤ステロイド外用剤を使用すると,色が黒く残ってしまう.⑥ステロイド外用剤は皮膚に蓄積する.⑦ステロイド外用剤を長期間使用すると血管が浮いて,皮膚が薄くなる.
これは,ある製薬会社が公開している冊子の一部です.一つずつ説明していきます.
①ステロイド外用剤を一度使用するとやめられなくなる.この質問の本質は,ステロイド外用剤という塗り薬は麻薬のような依存性があり,一度塗ってしまったら,やめることが大変になるという趣旨なのだと思います.ステロイドバッシング,脱ステロイドが流行した頃によくいわれていた内容です.あなたがここまでアトピー性皮膚炎の病態について理解をしてきているのであれば,やめるやめないという考え方自体がそぐわないことがわかると思います.例えば皮膚が強い人が,うるしでかぶれ,ステロイド外用剤で改善したとします.ステロイド外用剤はやめられなくなるのでしょうか.アトピー性皮膚炎では,皮膚の強い人ではなんともない,さまざまな悪化因子で次々と湿疹が出てくるため,それを早めに抑えるためにステロイド外用剤は使われます.もちろん長期にわたり使用していくことになりますが,早めに湿疹を抑え,悪化因子の除去,スキンケアにて皮膚防御力をあげることでの予防などにより,ステロイド外用剤の総使用量を抑え,理想的には,ステロイド外用剤を使わずにコントロールしていくところまで到達する人もいます.
②ステロイド外用剤を中止すると,リバウンドが起こる.リバウンドとは,薬剤中止後に,病態が急激に悪化し,また,しばしば薬剤開始前より悪化してしまうことをいいます.この質問も,病態を理解していれば,どうしてそういう現象が起きて,さらに,それが生じないようにする方法がわかると思います.薬という消しゴムで,病気は消すことができると思っている人や医療者には理解できないのだと思います.C型肝炎ウイルスやインフルエンザウイルスといった病原体がはっきりしており,それを除去することで病気が治る病気であれば,薬は消しゴムになります.アトピー性皮膚炎には,そのような病原体があるわけではなく,足りないものがあるから湿疹が次々に起こってくるのであって,その湿疹を消すことだけに目を向けてもだめだということです.悪化因子の除去,スキンケアができていない人が,ステロイド外用剤だけを塗る,湿疹皮膚炎は一旦おさまる,でもまた湿疹皮膚炎が起きてくる,これがリバウンドと呼ばれています.自分の皮膚を恨んだり,親を恨んだり,薬を恨んだり,医者を恨んだりするのは,そろそろやめましょう.
アトピー性皮膚炎の体質って悪いことばかりではないのです.生活習慣病に強い体質といっている人もいるのです.まず,高血圧の人が少なく,きっと長生きできる.皮膚のせいでひねくれちゃっている人もいますが,心の優しい人が多い.小さいころから皮膚が弱くて,いろんな人からいろいろ言われて,小さい心がたくさん傷ついてきました.それでもあなたは,皮膚が強い人の何倍も努力しがんばってきました.多くは人のつらさがわかってあげられる,頑張り屋さんに育っていきます.皮膚の感覚が皮膚の強い人より鋭敏なので,スキンシップを好む傾向にあるかもしれません.人間はサルから進化し,環境に適応しながら少しずつ進化していきます.皮膚の弱いこの体質は,きっと進化の過程で意味のあることなのだと思います.決して不良品ではなく,何らかの必然性があって,こうなっているのだと信じています.
③ステロイド外用剤を使用すると,骨がボロボロになる.ステロイドの内服治療は,膠原病のような自己免疫疾患(自分の免疫細胞が自分の体を攻撃してしまう病気)の治療には欠かせない薬です.様々な免疫調整薬がありますが,それでもなお,ステロイドの内服は必要不可欠で,命を救うために必要になることもあります.内服していく場合は,たしかに副作用には注意が必要で,糖尿病,高血圧,高脂血症,骨粗鬆症,胃潰瘍,副腎不全,脱毛,大腿骨骨頭壊死,脱力などが,ステロイドを多く,そして長く飲んだ時に生じてきます.しかし,ここでしっかり特別し,理解してほしいのは,ステロイドを飲む場合と塗る場合では,副作用は違うということです.内服の副作用である,骨粗鬆症で骨がぼろぼろになることは,まず,ありません.

④ステロイド外用剤を使用すると,ニキビ,おできなどができやすくなる.ステロイドざ瘡(にきび)といって,ステロイド外用剤を塗布しているところに限って,毛穴が赤く腫れて膿をもつことがあります.痒みはありません.そのことを事前に知っておけば,そのままステロイドを塗り続けて悪化されずに,抗菌薬や抗真菌薬などを塗れば,よくなります.

⑤ステロイド外用剤を使用すると,色が黒く残ってしまう.この設問が最も正答率が低いクイズです.説明がややこしくなりますので,よく患者さんにする例え話をします.ある日の夕方,近くで火事がおこりました.近所の人が消防署に連絡し,消防車がかけつけ,夜の内に火は消し止められました.次の日現場には当然黒焦げになった家がありました.近所の人が口々にこういいます.「昨日消防車が家を真っ黒にしたんだわ,黒い水でもかけたのかしら,次から家事がおきても消防車は呼ばずに自然に消えるのを待った方がよさそうね」と.皮膚炎は,治っていく過程で一旦色素沈着という状態になります.これは,ステロイド外用剤を塗ろうが塗るまいが,茶色く変化します.日焼けもニキビもそうですよね,ステロイド外用剤を塗ってないのに,秋や冬まで黒いまま,ニキビはしばらく黒ずみますね.例えば,何も炎症や皮膚炎のないところにステロイド外用剤を塗り続けてみましょう.黒くなるでしょうか.

⑦ステロイド外用剤を長期間使用すると血管が浮いて,皮膚が薄くなる.これは,ホントです.そして最も注意しなくてはいけない副作用です.『毛細血管拡張』『皮膚菲薄化』『ステロイド酒さ』といわれるような現象です.もともと皮膚の薄い,顔,胸,前腕では,ステロイド外用を2週間以上塗布していると,生じてくる可能性があります.そのため,適切な強さを選び,適切な期間,適切な量で漫然と塗り続けないことが大切です.腹部や大腿部の内側などでは,成長期や体重変化と相まって,皮膚菲薄化から,皮膚線条といって,妊娠線のような肉われの症状が生じることがあります.毛細血管拡張と,皮膚線条は,基本的には治らないので,本当に注意が必要です.ステロイド酒さも,治療に何年もかかることもあり,弱いステロイドだからといって,塗り続けることは避けて,担当医の指示に必ず従うようにしてください.
もちろん,ステロイド外用剤には副作用があります.それでもやはり,炎症が強く痒みが強い状態を改善させるためには,ステロイド外用剤がどうしても必要となります.将来的に,外用剤でステロイドのような副作用がなく,同等の効果がある薬が発売されるまで,扱い方をよく理解し,強力な武器として利用していくと考えていくべきと思います.
ステロイド外用の副作用は5つだけに注意

ステロイド外用剤の副作用をまとめます.5つだけと覚えてもらえればよいです.ステロイド酒さ:塗っている部位に赤みが生じて逆に消えにくくなる状態.にきび:かゆくないぽつぽつができます.皮膚萎縮:皮膚がうすくなる,多毛:産毛が生えてくる,易感染性:感染症に弱くなる.注意が必要なのは,外用剤でも3か月以上1-2本(5-10g)毎日塗っていると,ステロイド内服しているのと同じ副作用が出現す場合があります.また,Strongクラスのステロイド外用剤を毎日4本(20g)以上外用していると,飲み薬1錠を飲んでいるのと同じになるという報告もありますので,長期間全身に外用しなくてはいけないときは,注意が必要になります.